君のすべて -25 笑顔-
「りょうちゃん」
さつきが泣きべそをかいて鼻水をずるりと垂らしたまま、僕のことを呼ぶ。
真赤に染まったパンパンの頬にぐしゃぐしゃの顔は、とてもぶさいくで。
眩暈がするほどに可愛かった。
僕は、思わず抱きしめたい衝動を抑えて、さつきの顔を覗き込む。
ハンカチで、彼女の洟をかんでやるのも忘れずに。
「どうしたの?」
さつきは何も言わずに、しゃっくり返っていた。
こういうときは、十中八九、兄貴が原因なんだろうけど。
僕は彼女が自分から言い出すのを待つ。
「り、りんりんが、ね、あそ、で、くれ……い、の」
ホラ、やっぱり。
苦みが広がることに気付かないふりをして。
僕はさつきを抱き上げた。
6つ年下で、まだ6歳になったばかりのさつきは、とても軽くて。僕より少しだけ高い体温と程よい重みが、心地よかった。
「兄貴は面倒くさがりだからね」
「さ、きと遊ぶの、めんど、う?」
しまった。一度止まった大粒の涙が、再び目にたまりはじめる。
僕はさつきの体を軽く揺らしながら、囁いた。
「そんなことないよ。ただ、兄貴は何だって面倒くさがるから。それだけ」
「ほんと?」
「本当だよ。みんなみんな、さつきのことが大好きだから」
「でも、りんりん、……かやのねえのことなら、よくきくよ? だいちゃんだって。……みんな、さつきよりかやのねえのが好きなんだもん」
口を窄めて言う彼女は、既にすっかり女の顔で。
彼女の瞳に映ることができない僕の心には、小さな棘が突き刺さる。
「そんなことないよ。それに、例えそうでもね、僕はさつきが一番だよ」
「かやのねえより?」
「うん」
「りんりんより?」
「勿論」
「りょうちゃん」
さつきはきゅっと、僕の首に抱きついた。
心の棘が、一つずつ跡形もなくうせてゆく。
「何? どうした?」
「ありがとね」
お礼を言うのは僕のほう。
君がどんなに僕を幸せにしているのか。
君はそんなこと、知らないんだろうけど。
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